浅川 義純(あさかわ よしずみ、生没年不詳)は、戦国時代の武将。浅川氏の当主。大和守。豊純の父。浅川氏は文治5年(1189年)、浅利知義が戦功により源頼朝より地頭職を与えられ浅川城を築城し、浅川を名乗ったのが発祥である。それ以前から石川郡に勢力を気づいていた陸奥石川氏とは共存策を摂り同族化を進め、以後400年にわたって浅川の地を支配してきた。戦国期に入ると浅川氏・石川氏は佐竹氏へ帰順し白河結城氏や田村氏と戦った。天正元年(1573年)に石川晴光が佐竹氏に対し反旗を翻すと、義純は石川氏と佐竹氏の和議に奔走し、両者の和睦を成立させた。天正5年(1577年)、義......
浅川 義純(あさかわ よしずみ、生没年不詳)は、戦国時代の武将。浅川氏の当主。大和守。豊純の父。浅川氏は文治5年(1189年)、浅利知義が戦功により源頼朝より地頭職を与えられ浅川城を築城し、浅川を名乗ったのが発祥である。それ以前から石川郡に勢力を気づいていた陸奥石川氏とは共存策を摂り同族化を進め、以後400年にわたって浅川の地を支配してきた。戦国期に入ると浅川氏・石川氏は佐竹氏へ......