松平 康忠(まつだいら やすただ)は戦国時代 (日本)|戦国時代から江戸時代初期にかけての武将。長沢松平家第8代当主。江戸幕府旗本。徳川氏の家臣。徳川家康の従弟であり、義弟でもある。永禄3年(1560年)5月の桶狭間の戦いで父の政忠が討死。祖父にあたる松平親広が若年だった康忠を後見した。一方で母の碓井姫は、徳川家の重臣である酒井忠次へと再嫁し離別している。永禄5年 (1562年)に元服し、三河国宝飯郡小坂井ほか1,810貫文を知行した。康忠の叔父である松平信重 (安土桃山時代)|松平信重や松平近清らも、家康から100貫文ずつを給わって補佐を拝命した。信重は......
松平 康忠(まつだいら やすただ)は戦国時代 (日本)|戦国時代から江戸時代初期にかけての武将。長沢松平家第8代当主。江戸幕府旗本。徳川氏の家臣。徳川家康の従弟であり、義弟でもある。永禄3年(1560年)5月の桶狭間の戦いで父の政忠が討死。祖父にあたる松平親広が若年だった康忠を後見した。一方で母の碓井姫は、徳川家の重臣である酒井忠次へと再嫁し離別している。永禄5年 (1562年)......