山岡 景宗(やまおか かげむね)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将。織田信長の家臣・山岡景隆の長男として生まれる。はじめ父と共に信長に仕え、天正4年(1576年)には松永久秀と共に石山本願寺攻めに参加している。信長の死後、父・景隆は羽柴秀吉(豊臣秀吉)と敵対して改易され、まもなく死去したが、景宗は秀吉から許されて1450石の所領を与えられ、馬廻の1人に列せられた。朝鮮出兵では秀吉に従い、肥前名護屋城に在陣した。秀吉の死後は豊臣秀頼に仕え、大坂の役でも豊臣方として戦ったが、戦後は罪を許されて徳川家康、徳川秀忠らに仕えて本領を安堵されている。ただし『断......
山岡 景宗(やまおか かげむね)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将。織田信長の家臣・山岡景隆の長男として生まれる。はじめ父と共に信長に仕え、天正4年(1576年)には松永久秀と共に石山本願寺攻めに参加している。信長の死後、父・景隆は羽柴秀吉(豊臣秀吉)と敵対して改易され、まもなく死去したが、景宗は秀吉から許されて1450石の所領を与えられ、馬廻の1人に列せられた。朝鮮出兵......