和知 直頼(わち なおより)は、戦国時代の武将。白河結城氏の家臣。和知氏は白河結城氏の支流であり、重臣を務めた家柄である。柏野館(西郷村)を居館としたという。和知氏には十郎、美濃守を名乗る系統と右馬助、周防守を名乗る家系の二流あり、直頼は後者の系譜を引く。通字は「頼」とされている。結城義顕を白河城から追放し、小峰義親の入城を手引きした和知美濃守は前者の系統を引くという。天文4年(1535年)、白河結城氏10代当主・結城義綱の近津大明神への寄進状の添状を発給している。この文書の付箋に「白河宿老」と記載されていることから上級家臣であると推測される。天文11年(......
和知 直頼(わち なおより)は、戦国時代の武将。白河結城氏の家臣。和知氏は白河結城氏の支流であり、重臣を務めた家柄である。柏野館(西郷村)を居館としたという。和知氏には十郎、美濃守を名乗る系統と右馬助、周防守を名乗る家系の二流あり、直頼は後者の系譜を引く。通字は「頼」とされている。結城義顕を白河城から追放し、小峰義親の入城を手引きした和知美濃守は前者の系統を引くという。天文4年(......