画像引用元: www.fukashi-tenjin.or.jp二木重高
推定知名度0.03%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
二木 重高(ふたつぎ しげたか)は、戦国時代の武将。信濃小笠原氏の家臣。信濃国安曇郡中塔城主。=生涯=二木氏は信濃小笠原氏の支流。南北朝時代に小笠原貞宗の子・政経が信濃安曇郡住吉庄内の地頭職を分与され、二ツ木郷に移住する。その後、子孫の貞明の代で二木氏を名乗ったという。重高は信濃守護・小笠原長時に仕えた。天文17年(1548年)、長時に従って塩尻峠の戦いに出陣するが、合戦の最中武田方に寝返っている。同19年(1550年)の野々宮合戦には小笠原方として戦功を挙げている。天文23年(1554年)、長時が越後国に流亡すると重高は武田信玄の傘下に入った。翌24年(1555年)、謀反の疑いを掛けられた三村長親粛清で功を挙げたが、以後の消息は不明。末裔は現在、松本市浅間温泉で旅館を営む。=逸話=三村長親謀反の際に、信玄は讒言をした長親と、起訴された重高を問い詰めた。重高は身の潔白を証明し、結果無罪となった。が、三村長親に武田家は謀反され、信玄は「重高に図られた」と嘆いた。しかし重高は馬場信春とともに、長親を討ち果たしたと聞き、信玄は、自らが重高の至誠を見抜けなかったことを恥じたという。Category:戦国武将Category:信濃国の人物Category:消息不明となった人物Category:生没年不詳
過去の推移
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