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フセヴォロド3世

推定知名度0.64%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

フセヴォロド3世(Все́волод III Ю́рьевич Большо́е Гнездо́, 1154年 - 1212年4月15日)は、ウラジーミル大公。短期的にはキエフ大公位にも就いた。父はユーリー・ドルゴルーキー、兄はアンドレイ1世(アンドレイ・ボゴリュプスキー)。祖父はウラジーミル2世モノマフ。子が多く、大巣公と呼ばれた。息子にはコンスタンチンやユーリー2世、ヤロスラフ2世ら、孫にアレクサンドル・ネフスキーがいる。妻はオセット人といわれるマリヤ、のちヴィテプスク公ヴァシリコ2世娘リュバヴァ(子はない)。洗礼名はドミートリー。モスクワ北方の町ドミトロフは彼の生誕に伴い建設された。1169年には兄アンドレイ1世の命により、甥のムスチスラフと共にキエフを陥落させる。1173年には、キエフにおいて、従兄弟のダヴィド、ムスチスラフにより捕らわれる。1176年にウラジーミルの市民により、公として招かれる。1182年頃から、ヴォルガ・ブルガールに視線を向け始める。1186年にはブルガールにゴロジェッツから遠征軍を送る。Category:ウラジーミル大公Category:キエフ大公Category:ペレヤスラヴリ・ザレスキー公Category:ユーリー家Category:リューリク朝Category:1154年生Category:1212年没

過去の推移