コンスタンディノス・デメルジスの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

コンスタンディノス・デメルジス

推定知名度1.55%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

コンスタンディノス・デメルジス(Κωνσταντίνος Δεμερτζής、1876年 アテネ - 1936年4月12日 アテネ)は、ギリシャ王国の政治家。首相を務めた(在任:1935年11月30日 - 1936年4月13日)。デメルジスはアテネ大学とルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンで法学を学び、1928年にアテネ大学法学部の親族法の教授になった。彼の政治生涯は1910年にギリシャ議会選挙で当選したことで始まった。ギリシャ第二共和政成立の1924年に他の多くの政治家と同じく政党を結成したが、短期間で解散した。1935年11月30日、国王ゲオルギオス2世がデメルジスを暫定首相に任命、デメルジスはさらに外相、戦争相、海軍相を兼任した。しかし、比例代表制で行われた選挙では王党派が143議席、共和派が141議席とそれぞれ4割強の議席を得て、15議席を得た共産党がキャスティングボートと化してしまった。共産党との協調を選ぶ各政党の姿勢に対し陸軍の不満がくすぶる中、デメルジスは有効な対策を打ち出せないまま、1936年4月13日に心臓発作で死亡した。

過去の推移