画像引用元: upload.wikimedia.orgコンスタンチン
推定知名度0.35%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女
コンスタンチン・フセヴォロドヴィチ(Константин Все́володович, 1186年5月18日 - 1218年2月2日)は、ウラジーミル大公(在位1216年-1218年)。フセヴォロド3世の長男。母はボヘミア王女マリヤ(オセット人とも)。祖父はユーリー・ドルゴルーキー。ロストフ公家の祖。1196年に10歳にして、スモレンスク公ムスチスラフ老公の娘アガフィヤと結婚。1190年代後半をペレヤスラヴリ・ルースキーで過ごす。その後、父フセヴォロドは、コンスタンチンをノヴゴロド公に据える。1205-1208年まで。その後、父はかれにロストフ、ヤロスラヴリ、ウグリチを与える。1211年に父と領土を巡って争う。1216年には弟のユーリー2世とヤロスラフ(後のヤロスラフ2世)の軍を破り、ウラジーミルに入り、大公になる。1218年に死去。三人の息子に世襲分の領土を分割。ロストフをヴァシリコに、ウグリチをウラジーミルに、ヤロスラヴリをフセヴォロドに遺贈。大公位は弟のユーリーに。
過去の推移
–06
0.207
0.3308
0.2909
0.2610
0.2511
0.2512
0.2613
0.314
0.3515
0.3516
