オッドーネ・ディ・サヴォイアの画像画像引用元: upload.wikimedia.org

オッドーネ・ディ・サヴォイア

推定知名度0.85%15〜75歳男女
推定知名度--%20〜35歳男女

オッドーネ・ディ・サヴォイア(Oddone di Savoia, 1010年または1020年 - 1057年)は、サヴォイア伯、アオスタ伯、トリノ伯、モーリエンヌ伯(在位:1051年 - 1057年)。フランス語名オトン・ド・サヴォワ(Othon de Savoie)。先代アメデーオ1世の弟で、先々代ウンベルト1世ビアンカマーノの四男。本来は爵位を継ぐ立場になかったが、長兄アメデーオ1世が男子継承者を持たずに没し、2人の兄も聖職者になっていたために伯位を継承する幸運を得た。オッドーネはフランク王国時代のネウストリア王国に由緒を持つスーザ女伯アデライデ(トリノ伯オルデリーコ=マンフレーディ2世娘)と結婚しており、彼の爵位継承でサヴォイア家は大きく領土を拡大した。サヴォイア家は現在のイタリア・フランス国境に領土を持っていたが、オッドーネは積極的にイタリアでの領土拡大を進め、ピエモンテ地方の大部分を獲得するに至った。長女ベルタは後にザーリアー朝の神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世の妃に選ばれてハインリヒ5世を生んだため、オッドーネはハインリヒ5世の祖父としてオットー・フォン・ザヴォイエン(Otto von Savoyen)とドイツ名で呼ばれることもある。一方、次女のアデライデ2世はハインリヒ4世の政治的ライバルだったシュヴァーベン公ルドルフに嫁いでいる。オッドーネとアデライデの間には以下の子供が生まれた。*長男:ピエトロ1世(第4代サヴォイア伯)*次男:アメデーオ2世(第5代サヴォイア伯)*三男:オッドーネ2世(アスティ司教)*長女:ベルタ(神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世妃)*次女:アデライデ2世(シュヴァーベン大公・対立ドイツ王ルドルフ・フォン・ラインフェルデン妃)1057年の死後は長男ピエトロ1世が後を継いだ。Category:サヴォイア伯Category:サヴォイア家Category:1010年生Category:1057年没

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